宇久町観光協会オフィシャルサイト:美しい自然と歴史ロマンあふれる宇久島の観光情報をお届けします。

平地区

平家盛と藤原久道の像

家盛の像
1187年(文治3年)、宇久島の西端である火焚崎「船隠し」に、平 家盛公は重臣の「藤原久道」他数名を従えて上陸しました。 その後、土着の豪族を征服して宇久家を名乗り、7代約200年間に亘り、宇久島で五島一円に勢力を拡大しました。そして、八代以降の歴代領主が福江島に移り居城を築き五島統一を行いました。

盛州公園

盛州公園画像
平家の里・宇久島のシンボルである盛州公園は、平家まつりメイン会場のほか、各種イベント会場として活用されています。また、公園側には宇久島が捕鯨で栄えた時の捕鯨砲が展示されています。

舜谷寺

舜谷寺画像
1634年(寛永11年)、東光寺住職順堯和尚は「大久保家末代、殿七代」を怨むと呪文を唱え、焼死しました。やがて無実の罪が判明し、1650年(慶安3年)五島家23代藩主五島盛次が、和尚の霊を弔うために、江円山舜谷寺(曹洞宗)を建立しました。

神島神社

神島神社画像
平家盛公は、御召船の屋形内に鵜戸神宮の御分霊を奉じて来島し、「ウガヤフキアエズノ命」を御祭神として神島神社を建立しました。宇久島の平地区の総氏神であり、特に夏・秋の大祭では、御神輿が勇壮に町中を駆け巡ります。

東光寺・家盛公以下七代の墓

東光寺画像
平家盛公が宇久島に来島した1187年(文治3年)正月、宇久家(後の五島家)の菩提寺として、東光寺は建立されました。 本堂の裏には、家盛公以下7代の歴代領主の霊廟があります。また、1740年(元文5年)鯨組の浄財遺物である閻魔大王像や十王像等が本堂に安置されています。

宇久歴史資料館

宇久歴史資料館画像
宇久島各地の遺跡から発掘された、考古出土品や最近まで使われていた民俗文化財など、歴史と文化資料を多数展示しています。 発掘されたものの中には、旧石器時代の細石刀や、弥生時代の壺棺・甕棺、倭寇時代の青磁・白磁等の焼き物などがあり、この資料館に保存展示されています。

久保様の墓

久保様の墓画像
平家盛公が宇久島に来島した時、久保盛興という、山本の地に於いて勢力を持っていた豪族が、ただ一人家盛公に従いませんでした。家盛公は、盛興一族を誘い出し、風呂攻めにして殺害した。久保盛興一族は、久保様の墓としてこの地で祀られています。

毘沙門寺

毘沙門寺画像
平家盛公が宇久島に来島した時、常に懐中の守り本尊であった毘沙門天を安置し、毘沙門寺と名付け、宇久家(後の五島家)の祈願寺として代々崇めてきました。平安時代後期作と言われる十一面観音立像が、本堂に安置されています。

大浜海水浴場

大浜海水浴場画像
マリンブルーの海と遠浅の白い砂浜が約1キロにわたって広がる海水浴場です。沖合では、ウインドサーフィンも楽しめます。 また近くにはキャンプ場もあり、家族や友人と共にのんびり充実した時間を過ごすことができます。

スゲ浜海水浴場

スゲ浜海水浴場画像
南国ムードたっぷりのスゲ浜海岸には、レストランなどの施設が充実し、マリンスポーツの場としても人気のスポットです。
近くには、白砂の温暖な海浜に自生するハマユウの群落地もあり、花時期である夏には、白い花が美しく海岸を飾りながら、日没前後に甘い香りを漂わせます。

堀川恵比寿宮

堀川恵比寿宮画像
江戸時代、堀川には「鯨の山見」があったと言われ、当時の捕鯨漁の大漁と航海安全を願って、古志岐島にお祀りする古志岐神社の向拝所として建立されたものです。 毎年11月に漁民の大漁祈願祭として、「古志岐祭」が行われます。

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