宇久の名産だったとある貝のおはなし。
宇久島は海産物の宝庫!
五島列島最北端の宇久島。周囲がまるっと海に囲まれており、しかも外海に面している離島です。
そんな環境のおかげで、昔から島では海産物に恵まれており、贅沢にも新鮮な海の幸を毎日楽しめておりますw
その中でも、クジラとアワビは島の一大産業として大いに賑わっていた時代があります。
今回はその中でもアワビについて解説したいと思います。
宇久島のアワビ産業の歴史
1. 古代:アワビ文化の起源(古墳~奈良時代)
- 宇久島西端の宮ノ首貝塚では、アワビを中心とした貝層が厚く堆積しており、古墳時代後期〜奈良時代にかけてアワビが重要な食資源だったことが確認されています。
- 『肥前国風土記』に記される干アワビの製造地だった可能性も指摘され、当時から加工品として流通していたと考えられます。

2. 中世〜近世:海士文化とアワビ漁の発展
- 宇久島は古くから海士(あまんし)文化が根付いた地域で、周辺海域は潮流が速く、アワビの好漁場として知られていました。
- 五島列島や九州沿岸の海士が往来し、アワビ漁を通じて交易・交流が盛んに行われていたことが、島の歴史資料から読み取れます。
- 宇久島は「捕鯨と鮑漁」が盛んだった地域としても知られ、漁業は島の生活と文化の中心にありました。

3. 近代:漁業権の整備と「永久採鮑権」の売却
🔹 永久採鮑権とは?
- 近世から近代にかけて、宇久島の漁民は長年の慣行に基づき、アワビを採取する権利(採鮑権)を保持していました。一説によると、平家盛を助けた褒賞として幕府より五島列島一帯の永久採鮑権を与えられたと言われています。これは宇久の漁民である海女さん(宇久では海士とかいて”あまんし”と呼んでいます)に与えられたと伝えられています。
- しかし明治期以降、漁業権制度が全国的に再編され、許可制へ移行。
- この過程で、宇久島の漁業者が持っていた「永久採鮑権」が長崎県に買い上げられたことは、島の漁業史における大きな転換点となりました。
🔹 なぜ売却されたのか?
- 近代化に伴う漁業制度の統一
- 行政による漁場管理の強化
- 地先漁業の整理と再編
これにより、島のアワビ漁は個別の慣行権から、行政管理のもとでの共同漁業へと移行していきます。
4. 1970年代:アワビ資源の減少と科学的調査の開始
- 1970年代、宇久島周辺ではアワビ資源の減少が問題となり、長崎県は大規模増殖事業を開始。実際に宇久島では漁獲高が右肩下がりで漁業に深刻な影を落とし始めます。
- 1975〜1976年には、宇久島沿岸でクロアワビ幼稚貝の分布と成長調査が行われ、潮流の強い岩礁帯に多く分布することなど、詳細な生態データが蓄積されました。
- この調査は、後の種苗生産や資源管理の基礎となります。

アワビは成長するのに3年でも大きさが40mmに満たない速度で成長します。画像のような大型のものになるには10年でも足りない程の時間が必要です。(宇久島資料館展示より)
5. 現代:佐世保市宇久種苗センター稼働を経て縮小されていく産業
佐世保市宇久種苗センターとは?
佐世保市宇久種苗センターは1972年に下山地区にてアワビの養殖を目的とした種苗センターが開設され、1994年より神浦地区にて本格稼働・事業開始しました。佐世保市への合併後は「佐世保市宇久栽培漁業センター」と名前を変えます。
- アワビをはじめとする水産資源の回復を目的に設立された施設で、
アワビの人工種苗生産・放流・研究を行っていました。
🔹 主な役割
- クロアワビ・エゾアワビなどの人工種苗生産
- 稚貝の放流事業による資源回復
- 生息環境の調査・研究
- 佐世保市水産課との連携による持続可能な漁業管理
🔹 影響
- アワビ資源の回復に寄与
- 地元漁業者の収入安定
- 島の水産業の基盤強化
- 教育・研修の場としての役割も拡大
種苗センターで育てたアワビを海に直接放流し、資源回復に努めますがなかなか定着率(生存率)が上がらず苦戦します。
そして。。。
年々温暖化の影響等によりアワビ資源回復は厳しさを増し、コロナ禍の影響もあり最終的には閉鎖を余儀なくされてしまいました。
2015年頃よりアワビだけが死滅する特殊なウイルスが全国的に蔓延するなど近年では採算性が著しく脅かされていました。また、アワビは成長に多くの時間が必要な貝であり、長いスパンで経営する必要があることも種苗センター運営の難しさです。
6. まとめ:アワビがつないできた宇久島の歴史と未来
宇久島のアワビ産業は、
古代の貝塚 → 海士文化 → 永久採鮑権の売却 → 科学的調査 → 種苗センターによる再生
という長い時間軸の中で変化し続けてきました。
アワビは単なる海産物ではなく、
島の歴史・文化・暮らしをつないできた象徴的な存在です。
現在こそ、なかなか島では食べることができない高級食材になりましたが、アワビのおかげで島の興隆があったと言っても過言ではありません。宇久島は昭和30年代に1万人を超す人口に恵まれた時代がありますが、こういった歴史があったこそだと思います。
島に来られたらぜひ宇久島資料館でアワビの歴史にも触れてみてください!



